OFM-Japan

Franciscan Province of Japan フランシスコ会日本管区

総長マイケル・ペリーの、教皇フランシスコへの挨拶

2015年5月26日バチカンSala Clementinaにて

clip_image002私たちの愛するフランシスコ教皇様、私は小さき兄弟会の総集会に集まった兄弟たちを代表して、教皇様に心からの敬愛の挨拶を申し上げます。

私たちは、アシジの聖フランシスコが兄弟たちに集うように望んでいたポルチウンクラの聖堂において、5月10日より(総集会のために)集まっております。

ここにおります兄弟の一人一人が、心を合わせて、教皇様が常に私たちに示してくださる優しさに心から感謝しています。また特に、今日私たちに謁見の機会を与えていただきましたこと、また総集会のために親愛なるフランシスコ・ザビエル・エラズリッツ・オッサ枢機卿を派遣してくださったことに感謝いたします。枢機卿はその兄弟的な心遣いと保護者としての権威をもって、小さき兄弟会に対する教皇様のご配慮と愛情深い気遣いを私たちに伝えてくださいました。

しかしながら教皇様、私どもはこの場に、ほんのわずかの手土産もなく、空の手で参上してしまいました…。総集会の参加者はすでに教皇様へのお土産として準備していた(アルゼンチンの)マテ茶でさえも、全部飲み干してしまったのです!大酒飲みでもアシジにはもう一滴の酒も見つけられないでしょう!

26聖人巡礼会の報告(2)

先週、巡礼会の報告をいたしましたが、その反応として、いくつかの質問を受けました。11日の写真(ミサ後の集合写真)もできましたので、送るついでに、そのお返事もします。20150224s

質問は、「どうして、これが最後の巡礼でしたか。今後は、もう巡礼はないのですか?」というものでした。

そうでもないのですが、内容は違ってくると思います。昔、関西で志願期を過ごし、今は日本管区で重要なポストを占めている兄弟たちの意見でした。巡礼は、昔殉教者たちが引き回された道を、ただ歩くだけでは、意味がわからない。何かの形で、今の社会問題の現場を見学することだったら、よくわかる。たとえば、大阪にあるホームレスの家「ふるさとの家」に立ち寄るという形。以前の巡礼では、ふるさとの家で最後の感謝のミサをしたことがあるが、好評でした。

第33回 26聖人巡礼会(ファイナル)の報告

2015年2月11日に、大阪府堺市で、関西フランシスカンファミリーによる、最後の巡礼会がありました。日本二十六聖人巡礼会は、関西フランシスカンの主催で1982年に始まりました。毎年2月11日、京都の二十六聖人発祥の地から姫路までの行程を、11年(1期目)~15年(2期目)かけて歩きました。2009年より3期目がスタートし、京都から大阪まで歩んできましたが、33回目の今年が、最後の巡礼になりました。

堺の町は、1597年京都や大阪で捕まった二十六聖人が、見せしめのため引き回され、処刑が決まった長崎に向けて出発した場所です。過去2回の巡礼では、堺のザビエル公園を訪れただけでしたが、今回初めて、殉教者達が引き回された道を歩きました。

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